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出会いのエッセンス

結婚したらもう恋はしないと決めてしまうのは、美しさを放棄するのと同じことです。 恋をすることは、女性がいつまでも女性でいるためにとても大事なことなのです。
美術愛好家だって「家にシャガールの名画があるからもう美術館には行かない」などという人はいません。 世の中には、ふるえるような感動や新鮮な発見を与えてくれる芸術作品があふれているからです。
それを知っているからこそ、買い取った絵は大切にしつつ、まだ見ぬ絵を求めて美術館へ足を運ぶのです。 それと同じで、いい男は夫のほかにもたくさんいます。
それぞれに違った個性をもつ男たちに引きつけられ、ときめくのは自然の摂理です。 これを悪いことと決めつけるのは、道徳という観念に縛られすぎではないでしょうか。
その道徳だって人間が社会をうまく運営するためにつくったものであり、絶対の正義ではないのですから。 とはいえ、いたずらに恋に溺れ、家庭に波風を立てたりするのは大人のすることではありません。
夫がいる女性の場合、自分の中の恋心をどう上手に処理していくか、これがその人の器量をはかるものさしになってきます。 プラトニックな関係にとどめるか、たまに逢い引きするような関係になるのか。

それは本人の倫理観によって変わってくるでしょう。 恋を罪悪ととらえるか、ステキなことだととらえるか。
これは自分の中でわかっていればいいことで、他人に向かってオープンにすることではないし、つきつめれば本人がどう生きるかという問題になってきます。 恋はステキなものだととらえ、思い切って飛び込む。
でも節度を守り、夫婦の関係は一生のものとしてまっとうすると決めたなら、それもひとつの生き方です。 あくまでも個人の選択であって、いい悪いという性質のものではないのです。
歴史に残る美女はみんな恋する女みなさんは世界三大美女とは誰だかご存じでしょうか。 国によって諸説に分かれるようですが、日本では一般に、クレオパトラ、楊貴妃、そして小野小町の名が挙げられます。
絶世の美女とたたえられている彼女たちには、ある共通点があります。 それは、みんな恋をしていたということです。

クレオパトラにはシーザーとアントニー、楊貴妃には玄宗皇帝、小野小町には深草少将というお相手がいました。 クレオパトラの場合、どちらの男性にも政治的な背景があってみずから恋をしかけています。

この春は出会いで差がつきます。